「私の転職人生」

自己紹介シリーズ

私の様な転職人生を送っても何とかなるところを同じ精神障害を抱える方々のエールとして贈りたいと願ってます。

高校に通うようになった夏休み、小遣い稼ぎにアルバイトを探したら父が郵便局員ということもあり今は亡き熊本鉄道郵便局に15歳からアルバイトを始めた。大変だったけどハングリー精神の強い時期だったので、頑張れた。

その流れで当時、国家公務員の一番入りやすい郵政外務員Bという郵便配達屋さんを目指し高校現役では2回不合格で合格できなかったが競争率が一番低い東京で、やっと合格することができ渋谷郵便局で配達の仕事についた。

この渋谷郵便局時代は地獄だった誤配・誤区分・誤転送の多さに多くの方々に迷惑をかけ自分自身も死にたくなるほど苦しかったが周りの励ましもあり4年耐えた。

何故そんなに間違いが多かったかというと後日ADHD注意欠陥多動性障害という疾患があってのことだった。

その渋谷郵便局から次は超特急郵便というバイク便の仕事に着いた、この仕事は何とか出来たので調子乗り自分で商売したくなり4年やったところで国家公務員を辞めてしまった。

それから先ずは世間勉強のつもりで損保の外務員をやったが渋谷郵便局よりも地獄をみて1年でギブアップその後、何が向いているだろうと数か月で転職を繰り返すこと3年やっと警備会社の営業に20年落ち着くことになる。

しかし、長年続いた警備会社も社長が交代すると、先代の社長の時の様に誤魔化しは一切効かず、あっさり辞職することになり障害者雇用に切り替えた。

障害者雇用として初めて務めたのがISFネットライフというところで3年弱、就労継続支援A型の正社員として様々な取引先で貴重な体験をさせてもらい大変だったが面白かった。

そのISFネットから紹介を受け2015年からアパレル会社の事務を障害者雇用正社員として現在やっています。

こう振り返ってみると約10種類以上の職業を経験して言えることは不得意な仕事でも周りに助けてくれる人がいれば何とかなるし反対に得意な仕事でも周りから邪魔されるようだと潰れてしまう。そんな経験から職場での人間関係は大切だなぁと実感しています。

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